取引履歴の開示請求
ご相続の関連の案件を受任いたしておりますと、兄弟間のうち疎遠となっている方からの依頼、あるいはその方に対応についてのご依頼を受けることが多いといえます。
特に前者の場合は相続財産の調査が難しい場合があります。
相続人のひとりが銀行の取引履歴を調査しようとしても、従前は金融機関が共同相続人全員の同意書を提出を求めていました。現在でも相続によって預金を現実に移動させる場合は、たとえ遺産分割協議書があったとしても全員の同意を求めています。
しかしながら、財産の調査しかできないというのは行き過ぎではないか、と不満が高まっていたというところが実務ではなかったかと思います。
そこで平成21年1月22日の最高裁判決は、この点を明確にしました。どうして金融機関も他人のお金を預かっているだけであるのに、被相続人という死者のプライバシーを被相続人の親族らに主張することができるのか、感情的にも意味不明といわざるを得ません。
既に出されている最高裁の判例でも金銭債権は当然分割されてその一部を相続人が取得していることになるわけですから、いわば預金者から保管情報について報告を求められていると考えることもできるかと思います。
しかし、平成21年の最高裁の判例は、さらに踏み込みまして、「これとは別に、共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき、被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる(民法264条、252条但書き)」と判示をしました。
そしてプライバシーという言い分については「上告人は,共同相続人の一人に被相続人名義の預金口座の取引経過を開示することが預金者のプライバシーを侵害し,金融機関の守秘義務に違反すると主張するが,開示の相手方が共同相続人にとどまる限り,そのような問題が生ずる余地はない」と明確にプライバシー侵害の余地はない、としりぞけています。
この判例が出されたことにより、金融機関は、相続人のひとりからの取引履歴の開示を拒むことができなくなりました。
後者については、私が述べたように分割取得しているから全部の取引履歴の開示を求められる、というのは論理的には飛躍があると思われます。私見は分割取得をしたものであっても全体を俯瞰しなければ分割金額もまた明らかにならないので信義則上全ての開示を行う義務がある、というように考えていました。これに対して、原審は、分割取得しているので自分の分の取引履歴しか開示を求めることはできないという見解を採りました。そうすると、自分の分以外の分にはプライバシーの問題が生じるということにもなってくるのです。しかしながら、金融機関としても、分割取得しているということは例えば2分の1の相続分を持っている人であれば2分の1分に書き換えた取引履歴を出すというのは、客観的な真実に反しているように思います。そうすると、結局論拠はあるものの手続を難しくして払い戻しすることを困難にしているようにも受け取られても仕方がないのではないでしょうか。
最高裁が、分割取得ではなくて、 未分割状態の場合は契約上の地位は総体としての相続人に帰属するのであるから、この地位に基づいて全ての開示ができるというのは、権利性という意味では弱いものの、取引履歴の開示がすべて認められるという論理としては、最も優れたものではないかと評されます。いずれにしても、本件は最高裁の判断というものはあるものの、預金契約の法的性質、預金債権の性質、預金契約上の地位という論点を組み合わせた法律問題と解することができると思われます。