裁判で罷免される大統領。

韓国のパククネ前大統領が憲法裁判所の審判により罷免された。

 

これを「民主主義」の健全な機能という人もいる。他方、アメリカではワシントン州のひとりの判事とトランプ大統領が争っておりシニカルな制度である。

 

しかし、支持率がゼロパーセントから5パーセントになっている大統領が自ら出処進退を明らかにせず、裁判所で罷免されるというのは、地位に恋々としている潔さがないことを示し、かえって民主主義よりも大統領の開き直りの方がおそろしい,という印象を与えてしまったように思う。

 

たしかに、同族会社の場合は、家で株式を持っているのであるから、多少株主の意向に逆らっても執行をしたり、代表取締役を自らは辞任しなかったりとするケースもあるが、上場会社では、株式の3分の2以上にNO!をつきつけられたら、辞任に追い込まれるというのが正常なガバナンスだ。そういう意味で、裁判で大統領が解任されるという事態は、その国や統治機構のガバナンスの低さを露呈しただけであろう。一例を挙げると、我が国でも、支持率が5パーセント台になった首相がいたが、当然のように辞任している。

 

朝日新聞の3月12日の報道によると、「罷免の衝撃が大きく」とあるが、今回の結果を「意外な結果」と受け止めているのは、朴氏くらいなのではないか。

弁護士の立場からも、裁判官の退任まで引き伸ばし戦術をしたりしたこともあったが、一番大きいのは、弾劾の対象者である朴大統領自体が憲法裁判所に出頭しなかったことである。「不通」と呼ばれる御姫様には裁判を欠席すれば「普通」弁解もないのだな、と裁判所に受け止められるという認識もなかったのだなと感じる。であれば私が裁判官でも罷免したと思う。

 

私が朴氏の弁護人であれば、彼女がしてきた業績をアピールするだろう。総合的な判断となるし憲法裁判所も大統領の発言を封じたり制限したりすることはできないと思うからだ。しかし、彼女は自らの業績をアピールすることなく、否定的事項の存在の有無という争点整理に同意しトライアルに入っていったのであるから,ある意味では結果は必然のようにも思われる。裁判所も和解や統合を強調していたが、憲法裁判所は朴氏がしたポジティブ要素を具体的に適示することはなかった。そうであれば、和解や統合はかなり難しくなると思われる。例えば、日韓合意一つとっても業績だと指摘すれば、今後の混乱なども防げたと思うが、今回の裁判は、朴氏の刑事裁判を見ているようであった。

 

今後は、革新派の文氏が優位といわれ、日韓関係は極寒の時代を迎えることになりそうだ。朝日新聞は同日の社説で大使の一時帰国を任地に戻すべきとするが、国家と国家との約束が守られるか、非常に重要な局面であり、戦略もなしに革新派とパイプが作られるなど無理のある主張である。新大統領の発足と日韓合意の誠実な履行と少女像の撤去などウィーン条約で定められた在外公館に対する侮辱行為の2点に前向きな解決が得られそうもない文氏では、早期の帰国は賢明とは決して言えないのではないか。

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