名古屋の法律事務所(合同のありかた):弁護士法人化についての若干の考察(論文)

弁護士法人化(全体)についての若干の考察

弁護士 服 部 勇 人

補遺

 

かかる論文は,当職が名古屋第一法律事務所時代に執筆したものであり,第一法律事務所は法人でもなく、個々の個人事業主の連合体にすぎないから,著作権は当職に帰属する。そこで,かかる論文については,法曹人口の増大かというアプローチから起案されているが,むしろ最近は合格者の数が低迷しリクルートもままならないという話しも聞く次第である。はっきりとは覚えていないが,2012年12月に執筆されたものとデータ上記録されており,その後の弁護士業界をとりまく動きは怒涛のものがあったといっても良いのではないだろうか。今から5年ほど前に執筆した文書を今になって公開することにどれほどの意味があるか,ということもあるが,私は,上記事務所でパートナーとして働いていたとき、文字通り命を削って働いていたつもりである。あるいはパートナーとしての職務を全うしたものである。

その中で、少人数でありながら,組織化を考えたり、あるいは、弁護士法人化を考えたりする弁護士も少なからずいるのではないかと思う。名古屋で30名が組合契約を締結している「奇跡の事務所」を分析することにより、我々市井の弁護士も得るものがあるものと信じる。また、時代の変化もあるが過払いとの架橋期、そしてその後の弁護士のサービス業化。みるべき理論的展開は少なくないと思われる。

そこで,本稿については、多少、名古屋第一法律事務所のプライバシーもあるが,組織自体は、例えばTMI法律事務所と似たようなものであるし,5年前の情報であること、また論文という性質上、同事務所の個人情報についての叙述はしていないつもりである。学術の自由という観点からも、アメリカのトランプ政権が誕生し、「オルタナティブ・ファクト」といって誤魔化されてしまう、今日このごろ、出版されている著作には良いことしかかかれていないであろう。そこで、本項をみなに公開し、思想の自由市場に提供しようと考えた次第である。

 

2017(平成29)年2月7日 名古屋駅の桜通りの交差点を見つめつつ

服部勇人(立命館大学大学院,法務博士)

 

第1 はじめに

1 「法人化PT・中間報告」時との外部環境の変化

本稿では,「名古屋第一法律事務所」を弁護士法人とすることについて,総合的な再検討を加えることを目的とする。

当事務所には,「法人化PT・中間報告」(平成17年4月2日付)があるが,平成17年は過払バブル全盛のころの事実関係が前提とされており,その後の弁護士業界の外部環境と当事務所の内部環境という事情の変更がある。

全裁判所の新受件数は,平成13年度約560万件から平成22年度430万件に減少している。平成22年度の弁護士関与事件は約50万件である。

弁護士1人あたり,平成13年度が18件,22年度が17件である。

しかしながら,金銭を目的とする訴え約100万件のうち半分の約50万件が過払訴訟である。当該案件は貸金業規制法の改正により事件そのものが新たに生じることがなくなっている。

したがって,従前最も件数が伸びていた「金銭に関する訴え」に対する需要の減少は確実である。

なお,専門的知見を要する訴訟として,労働関係は1.4倍,建築関係1.2倍,医療関係1.2倍,知的財産(18年度との比較)1.1倍,外国人事件0.4倍,なお東日本大震災の影響もあり外国人の帰化数も減少したとされており,外国人事件は今後も当面減少すると考えられる。)である。

他方,平成24年4月現在の弁護士登録者は約3万2000人となっており,毎年2000人ペースで増加を続けており,平成26年には登録者は約4万人に達する。

以上のように,弁護士業界は「金銭に関する訴え」の約半数を失い,他方,5年で1万人の新規開業者が現れるという過当競争時代に入ったといえる。

参考までに鈴木秀幸らの著作を引用すると,鈴木弁護士の平成29年の売上予測は,弁護士が毎年1500増,従来よりも毎年の売上増加ペースが100万円落ちるとの前提に,個人事務所の売上はひとり1905万円,中央値1467万円,所得平均は762万,中央値は570万円となるはずだと指摘する(平成19年度は,売上平均が2881万円,売上中央値2306万円,所得平均1132万円,所得中央値885万円(当事務所は,平成19年は売上平均が2929万円,売上中央値2276万円,平成23年をみると売上平均が2220万円,売上中央値が1945万円であり,売上減少トレンドの流れにある。)。

2 内部環境の変化

いわゆる過払訴訟は,平成18年及び19年の最高裁判決を受けて事件数が上昇し,当事務所においてもその恩恵をもたらした。

例えば,当事務所において過払事件が事件の半数を占めるある特定弁護士の売上をみると,平成19年8700万円,平成20年1億1000万円,平成21年1億円,平成22年7000万円と推移している。

事務所入金ベースでみると,平成19年2億8000万円,平成20年3億1000万円,平成21年2億8000万円,平成22年2億5000万円である。

当事務所の事務所入金ベースの過払事件に対する依存度は,平成19年43.53パーセント、平成20年46.55パーセント、平成21年46.18パーセントで推移し,入金ベースで約半分を過払・債務整理に依存するという「過度に過払・債務整理に依存する法律事務所」となった(上記で取り上げた特定弁護士の依存度もほぼ同じであった)。

他方,過払バブルに踊った平成18年及び19年以降,事務処理需要が当事務所で拡大したことから,事務局員を15名増員する(その後4名退職)大胆な拡大策を採用した。その結果,弁護士事務所経営の経費の中心である賃料,労務関係費が増加することになった。労務管理費(法定福利費を含む)は、平成18年が、1億5970万464円であったものが、平成22年には2億2468万8992円にまで,実に約6500万円も劇的に上昇したが高止まりのままであり,当事務所の経営を圧迫する要因となっている。

以上のように,過払訴訟に対応することが前提となっている人員配置であるから,既に述べた外部環境のみならず内部的要因を考慮に入れたパラダイムを模索する必要がある。

3 今後の目指すべき方向

(1) 4つの視点

私見は,各弁護士の目指すべき方向として矛盾した二つの方向性を示さなければならない。このうちの一つは,弁護士法人を導入する必要性を説くものとなろう。

すなわち,弁護士人口の増加とそれに比例した需要が存在しない場合,どうしてもひとり当たりの手持ち事件数は減少することになる。

そうだとすれば,離婚事件一つを例に挙げても手持ち事件数が減少すると考えられる。

この見地からいえば,当事務所のような一般的な市民事件を中心に重点を置いて業務を行っている法律事務所からすれば,「一通りの事件」は取り扱わなければならない可能性が出てくる。例えば,「税理士は相続税を知らない」とよく指摘される。これは,税理士試験において相続税法が必修ではないことと,相続税申告に対する税理士関与事件数と税理士の数との比較で後者の方が多いからといわれる。つまり,一般の税理士にとって相続税の申告案件は1年に1回来るか否かということである。弁護士の人数が増えてくると弁護士にとっての離婚事件も同じようになってくる可能性すらある。

(2) あらゆる事件に平均的な能力で対処できる弁護士

これまで弁護士は,取り扱ったことのない案件や苦手な案件は取り扱わなくても断れば良かったが,弁護士ひとり当たりの絶対的な事件数が減少してくると,いわゆる選り好みをするということができなくなると推測される。平成20年の「弁護士実勢調査」によると手持案件は30件未満が45パーセント,なかでも10件未満が15.5パーセント存在している。すなわち,約4割の弁護士の手持件数は29件以下ということであるから,なかなか経験は蓄積されるだけの案件に恵まれないことを意味している。

したがって,当事務所の弁護士としては,一通りの事件において少なくとも平均的な水準による処理が可能なだけの能力が求められるというべきではないかと思われる。受任するためには専門性を高めるべきだと声高に叫ばれるが,現象的にとらえれば専門性を醸成しにくい外部環境になることを意味する。

たしかに,一定経験年数のある弁護士は結果的に事件の種類の選別が進んでいると考えられる。これはいわゆる「ブティック型」のように専門化が進んだことにより,依頼者から特に依頼を受けることになったためと考えられる。

逆にいえば,専門性を備えていない弁護士は事件の選り好みはせずに,何でも取り扱うというスタンスが必要となってくるし,このことは当事務所自体が弁護士に対して求める資質であるとも考える。

以上の見地からすると,いわゆる企業法務に特化した法律事務所のように専門性が求められないことを意味するから,専門性の棲み分けや分業を通して,顧客に対する満足度を上げていくというアプローチが重要ということにはならない。

この視点からすれば,法律事務所を組織化して専門性の棲み分けや分業をする必要はないから弁護士法人化も必要ないということになると考えられる。

もっとも,近時話題に上がるのが集客に関しての公平性の見地から,弁護士法人とする合理性があると説かれることがあることは注意しておきたい。すなわち,これまでは個々人の弁護士の人間関係ないし伝手を頼りに営業していたが,今後はホームページによる集客が主流になっていくという考え方である。そうすると,個々人の営業力ないし顧客誘因力によって集客をしたものではないから,その売上を偶々担当になったものに帰属させて良いのかという問題が生じる。

こうした問題は「収支共同」=弁護士法人とすれば避けることのできる問題ということはできると理論的にはいえるだろう。

(3) 専門志向型アプローチ

一般企業としては,従来から契約している顧問弁護士に加え,案件に応じてその都度,専門の弁護士を使うのが通例である。

経営側弁護士の所感としては,従来からの弁護士の専門性がさらに細分化され深化してきているのだという。特に,多くの弁護士を抱える大手事務所の場合,競争圧力が強まる中で専門化に力を注いでいる。

またオランダ絵画にみられるが,かつての弁護士は,「弁護士=法律を知っている人」であった。つまり,法というものは「発見」するものであり,法に無知な市民からすれば六法全書の代わりだったのである。ところが,インターネットの普及や弁護士の無料法律相談の普及などによって,社会全体の法律知識・意識のレベルも上昇した。

現在,個別案件に対して「法をあてはめる」ことの方が重要性を増していると考えられる。現実に,弁護士会に対する苦情の中にも「インターネットで得た以上のことを教えてくれなかった」というものが増えている。そういう意味では,弁護士の法律知識が深くなければ応用も利かない。

そうだとすれば,ひとりの弁護士で応用可能なほど知識を獲得することのできる分野には限界があるという前提に立つと,専門分野化を推奨するべきということになると考えられる。

以上のように,専門分野化を進めて,それが集客につながっているのであれば,それはいわゆる「ブディック型」として望ましい弁護士の執務のあり方の一つであるということはできる。

この視点からすれば,法律事務所を組織化して専門性の棲み分けや分業をする必要があり,弁護士法人化はその延長線上のものとして検討に値することになる。

(4) 経済的結合のあり方

結局のところ,必ずしも弁護士法人か民法上の組合か,という二者択一の議論とはならないが,弁護士法人化をするということは,収支共同事務所か,経費共同事務所にとどまるかということにあると考えられる。

弁護士法人となれば収支共同に必然的に改革されることになる。たしかに,弁護士は税理士や社労士と異なり収入に不安定な面があり,自己の収入が少ないときに他の弁護士の収入で補完して収入の安定化を図り,さらに専門化を進める際に立ちはだかる経済的リスクも補完しやすくなる(他方でフリーライドの懸念も生じることになる。)。また,特定の専門分野における売上の波,採算の変動を相互補完することができるという面がある。

また,弁護士法人ということになると,自己のみの経費分担分に関心がいきがちという弊害がなくなることになり,専門性を発揮して事業に対する共同の取り組みも期待することができるようになる。

こうした観点から,弁護士法人とは,収支共同となることを意味することになるから,経済的結合のあり方を避けて,法人化の議論をすることはできない。

(5) 人財に「投資」するという視点

人に対する投資という視点を持てるか否かは,経済的結合のあり方にも関わる。もちろん自分の腕を磨くのも大事だが,ひとりの弁護士では処理できる業務・専門性にも限界があるし,ある時点で成長は止まるものである。法律事務所を安定的に継続させる場合,他の弁護士を育てていく必要がある。

このことは,「自分ひとりで消化できないほど仕事が増えたら人を雇う」という従前の弁護士のスタンダードを否定する必要がある。単に余ったものを他人に分け与えることは投資という発想とは異なるからである。

平成21年6月発行の「自由と正義」によると,単独事務所の弁護士の売上の平均値は平成19年度では2881万円,中央値は2306万円,所得は1132万円(雑所得を除いた数字。過払を除くと982万円となる),中央値は885万円である。しかも過払いを除くと,売上平均は2501万円にまで下がるのである。

当事務所の弁護士は、平成19年は売上の平均値が2929万7773円、中央値が2276万3489円、平成23年は平均値が2220万8109円、中央値が1945万4731円である。

そもそも、弁護士業界の総売上は年約9000億程度(医師業界は35兆円である。)であり,自然人・法人ともに減少トレンドを続ける中で,マクロ的な総売上が大きく伸びることは統計的にはないといえるだろう。

したがって,こうした外部的状況に事務所として,どのように対処するかという観点も重要であり,「ひとりの漁師がいっぱい魚を捕れるようにするべきだ」「いっぱい魚を捕るために漁師を増やすべきだ」という短期的視点の他に長期的視点も持つ必要がある。

この外に,「乱獲により魚が減少した場合にどのように対処するのか,養殖,資源の保護に取り組むべきだ」「将来も安定的に魚を捕ることができるように漁師を育てるべきだ」という,種まきの発想もあり得る。

4 経費分担事務所に対する指摘

本稿は,理論的可能性を示すことを目的とするから,筆者の個人的見解と異なることもある。検討に入る前に,金崎弘之弁護士の経費分担型の事務所に対する手痛い批判を引用しておこう。

「単に費用を分け合っているだけだから,事務所は個人事業主の寄せ集めと考えられる。すると,力を出し合って事件を解決しようとはならないし,誰かの仕事を他の人がフォローするということもない。共通のビジョンも生まれなければ,改善のための組織的取り組みもまったくない事務所ができあがる。いうならば,弁護士が事件の解決を経て得た多様なノウハウは,その人の中で永遠に眠っていくのだ。費用共同事務所は経費節約のために寄り集まっているだけで,実態こそ,一人事務所と何ら変わらない。さらに明かしてしまえば,費用の分担や設備の使い方で内輪もめをしている話をよく聞く」

もっとも,弁護士法人になれば,おのずと共通のビジョンを持ち組織的取り組みができるというのも甘い考えに過ぎるように思われるが,ノウハウが永遠に眠ってしまうなどの批判には真摯に向かい合う必要があると思われる。

第2 弁護士の共同事務所と弁護士法人

1 組合契約

当事務所は,複数の弁護士らの共同事務所として運営していくことに合意し成立され,その運営に要する費用(事務所の賃料、労務関係費、光熱費、水道代など)は,一定の法則に従って負担するとの合意があると考えられる。

したがって,当事務所は,法律事務を取り扱うという共通の目的を有し,本件事務所を共同の事業として運営していく組合契約を締結したものと認めることができる(東京地判平成22年3月29日判時2099号49頁)。

なお,共同事務所を開設する合意は,経費分担契約であるとの主張も成り立ち得るところである。

しかしながら,本稿が引く裁判例を基準にあてはめると,当事務所では単独で事件処理をすることもあるが,大きな事件については共同で受任することがあり共同して事件処理をすることもあること,労働組合の顧問については事務所名義とされていること,共同で事件処理をしたものについては着手金及び報酬を折半している(一種の収支共同的な面もないことはない。)こと,各弁護士の経理情報を含めてすべての弁護士に公開されていることに照らすと,弁護士間における当事務所に関する弁護士間の合意は,当事務所の経費の分担に限ったものとは認められない。

したがって,単なる経費分担契約であるとの主張は成り立ち得るが,近時の裁判例に照らして客観的な主張を重視する本稿では採用することができない。

以上のとおり,当事務所を構成する各弁護士は,民法667条以下の組合契約を締結したもので,これにより成立した事実上の団体ということができる。

例えば,「法人化PT・中間報告」は,弁護士法人とならなければできないこととして,「新たな意思決定システム」を提案している。しかしながら,当事務所は民法上の組合であるので,当事務所の業務の執行は組合契約で委任することができる(民法670条2項)。この視座からすれば,事務所を機動的に動かすために取締役会のような役割分担をすることは現行システムの下においても可能である。

民法では「業務の執行」(670条1項),「組合の常務」(670条3項)が区別され後者は単独で執行が可能であるとされていることからも,このことを裏付ける。

したがって,本稿は,当事務所が民法上の組合であることを明示的に自覚して,その上での組織再編を行うことも一つである(この点を自覚すると一部法人化の議論につながりやすくなると思われる。)。このように,「新たな意思決定システム」の採用は,ただちに弁護士法人というシステムを採用するか否かの要因とはならないと考えられる。この点で「法人化PT・中間報告」のうち,これを理由に法人化を唱える部分は理由がない。

2 弁護士法人

(1) 法制度上の特色

弁護士法人の法制度上の特色は,以下の3点である。

① 業務執行については全社員が業務執行権と代表権を有するが,特定事 件につき担当社員を指定することができる。

② 全社員の連帯無限責任(ただし,指定事件については,指定社員のみが連帯無限責任を負う)。

③ 支店が設置できる。

(2) 事実上の特色

弁護士法人の事実上特色は,以下の5点である。

① 事務所の継続性・安定性

② 経理処理の合理化

法人格を得ることができるので,法人名義の口座,財産が持てる。

③ 雇用関係の明確性

④ 社会保障の充実性

⑤ 税法上の問題

第3 検討

1 法制度上の特色について

法制度上の特色として①及び②については,民法上の組合についてほぼ同じであるということができる。

ただし,大手の法律事務所が法人化しないことの理由として扱っている案件の経済的利益が大きく,法人にすると「無限連帯責任」を負う義務が生じてしまうということが案外大きいと思われる。これは,弁護士の執務の姿勢からすれば無限連帯責任を負うというのは当たり前のことであるかもしれないが,法人内の他の弁護士の行為にまで責任を負うことに対する恐れ,あるいは感情的反発は案外大きいものがあるように思われるが,これは,民法上の組合契約であっても大差ない話ではないかとは思われる。

したがって,弁護士サイドからすれば,法制度上の特色として,③の「支店を設置することができる」ということがメリットの中心と考えられる。

他方,②の補足として,弁護士法人として組織化されると,債務の履行が強化されるという面がある。この点は,「部分的弁護士法人化」を採用すると仮定した場合,弁護士法人を構成しない者は,無限連帯責任の負担を免れることになる。したがって,「部分的弁護士法人化」を行うとするならばこの点に関する手当ては必要ということになると考えられる(もっとも,賃料未払や賃金未払いのケースについては,弁護士法人を構成しない者は個人で連帯債務者となるようにすればよいし,対依頼者との間では弁護士賠償保険に加入してリスクをヘッジすれば足りるという面もあり,それほど深刻な問題とは考えられない。)。

2 事実上の特色について

①については,事務所の継続性・安定性が増すという面である。たしかに,法人化をすれば個人と財産と法人の財産は切り離されることになるから,たとえ構成員が少ないものでも事務所の継続性・安定性が増すと考えられる。この点は,弁護士法人を採用することのメリットということができる。

しかしながら,当事務所の理念には,「世代を継いで」という用語が使用されているように,組合たる当事務所においても世代承継は自覚的に意識されており,年代構成も著しく歪んでいるとまではいえない。

したがって,事務所の継続性・安定性という見地から弁護士法人を採用することはあり得る選択肢であるが,もともと当事務所の場合,組合を構成する弁護士の数が多いことからひとりの弁護士が死亡・脱退・後見の開始・破産などの事情が生じても,直ちに事務所が消滅してしまうというほどのインパクトまではない(なお,経済的に当事務所に対する貢献度が高い弁護士,すなわち事務所入金が多い弁護士に上記の事態が生じた場合については,弁護士法人であろうが,民法上の組合であろうが,いずれにしても経済的打撃を受けることは同じことである。すなわち,これらは弁護士法人になったからといって免れるものではない。その意味では,弁護士法人であろうとなかろうと,ひとりの弁護士に経済的に依存しないようにする具体的な取り組みが必要であると考えられる。)。

②の経理処理の合理化については,対等型の共同事務所の場合,もともと固定経費分担制が多いと考えられるので,毎年固定された額を入金するにとどめ,各人の弁護士の収入は,他の弁護士には不明であるというケースが多い。逆にいえば,各人の収入をブラックボックスにした運営が,「経費分担契約」の事務所運営の特色といえる。

たしかに,経費分担契約型の事務所との比較においては,経理処理が明確化されることから,この点もメリットであるといえる。また,損益計算を明確にすることができることもメリットである。

しかしながら,当事務所は,既に経理処理についてはすべての弁護士に公開されており(民法673条参照),損益計算の明瞭化は残された課題であるが,一定程度の経理処理の合理化も図られている。

強いていえば,事務所名義の口座を持つことができないことがデメリットである。これは一般には重要な問題であり,権利能力なき社団の代表者が個人名義で預金をしたものが相続財産を構成するか否かで紛争を生じることがあるのと同じである。

しかしながら,当事務所は,事務所名義の口座は配偶者が弁護士である者に限られており,事実上の手当がされていることもあり,この問題に対する各弁護士の危機感は特段ないように思われる。

以上のとおり,②についても弁護士法人とすべき理由とならない。

③の雇用関係の明確化というのは,主にいわれるのは,いわゆるボス弁とイソ弁の区別が曖昧であるのが明確化されるという趣旨である。例えば,イソ弁であっても個人事件の約3割を事務所に入金しているケース,あるいは競業は許さないということですべてを入金させているケースがあり,売上が多いといわゆるボス弁であるのかイソ弁であるのかよく分からないというケースもみられるのである。

この点で,いわゆるパートナーに相当する「社員」と「非社員」を明確に区別する弁護士法人化は,雇用関係を明確にするということになると思われる。

しかしながら,当事務所は,もともといわゆるイソ弁という概念が存在していないので,明確化すべき雇用関係がそもそも存在しないということになると思われる。

ところで,③の雇用関係の明確化に関して,今後は,弁護士法人にとらわれる必要はないが,いわゆるイソ弁を採用することを認めるということも検討した方が良いと思われる。

その理由は,以下のとおりである。

本稿の視点として専門化が志向されていることは既に指摘したとおりである。しかし,個人的な見解で述べると当事務所のような法人化していない法律事務所の場合,専門化は,ある「ブティック型」の弁護士が特定の勤務弁護士を雇い入れて,ノウハウを教示するとともに,特定の専門性のある事件を集中的に処理させることにより,経験を蓄積させ事実上達成されてきた例が多いのではないかと感じる。

また,法曹人口の増大に伴い若手弁護士を雇い入れることにより規模の拡大を志向する法律事務所が増えている。このような事務所では,規模の拡大とは裏腹に専門性は蓄積されないことになる。いわば平均的な水準でいろいろな種類の案件を処理することができるという見地からすれば,弁護士は専門化しないことになり,コモディティ化が進むことになる。逆にいえばコモディティ化した弁護士は,安価に雇い入れることができる。筆者が聴いた話では,東京から登録替えをした女性弁護士が藪から棒に事務所を訪問し,「給与は5万円で良いので雇って欲しい」という話も聴いた。

現在の相場観からすれば,若手弁護士を雇い入れる年収入は300万円から500万円程度である。当事務所の場合,事務員の給与水準が終身雇用を前提としているので,今後は弁護士が当事務所の事務員として勤務することを希望するという事態も考えられる。

実際に法テラスの勤務弁護士の給与は初年度20万円台であるし,当事務所の事務員の給与水準に照らしても特に劣っているものではなく,非現実的なことをいっているつもりはない。

また,本人の希望によりパートナーに移行するということも考慮することもあり得る。

①「何でも志向型」,②「専門志向型」では,すべてに対するアプローチが異なってくる。

何でも志向型であれば事務員は庶務的な業務を中心にしてくれれば良いということになるし,同等の給与で弁護士を雇用できるのであれば,その方が経済的合理性は高いことになる。

しかも,役割分担という発想がないので法人化や収支共同にも関心はないということになる。弁護士法人など論外ということになる。リスクの分散も現在のような売上比例型の事務所入金システムであることを前提とすると,費用を分け合うという面でのリスクの分散は勿論あるが,単に「金を節約する」以上の論拠を必ずしも明確に見いだすことができず,戦略性に欠けたもたれ合いの元凶になる恐れもないこともない。

反対に専門志向型では,専門性を身につけるためには,一定程度の専門性の蓄積が重要でありそのためには資本の投入も避けられない。またリスクの分散も目的型ということになる。また,事務員にも専門性を備えて欲しいということになるし,専門外のことに対応してくれる者を求めることになり役割分担の発想が生じることになる。役割を分担するということになれば法人化や収支共同に進んでゆくことになる。

後者の見地からは,全体を弁護士法人化することに好意的な評価をすることになる。重要であるのは各弁護士が専門志向をするアプローチに賛同しなければ収支の相互補完機能を強める以上,都合の良いフリーライドが横行する懸念もないではないだろう。

④の社会保障の充実というのは,現在は個人事業主の集合体であるため,国民年金及び国民健康保険に加入することになるが,弁護士法人となると厚生年金や健康保険に加入することができる。一方で,個人所得に応じて社会保険料の負担が大きくなるとの指摘もある。例えば、弁護士が月100万円の報酬をとるということになると、税金以外に10万円近い社会保険料の負担ということになりかねない。

これらはキャッシュフローの面から行き詰まる可能性すら存する。

⑤の税務関係であるが,この点は一長一短がある。法人化をすれば,交際費に制限が生じることになるから,交際費が無限大の個人事業主と比較すると交際を主要な営業面にしている弁護士からすると不満があるところと考えられる。

もっとも,検討に値するとすれば,弁護士法人の場合、弁護士の収入には所得税がかかり,弁護士法人の当期純利益には法人税が課税されることになる。

この点,弁護士個々人の利害でいえばあまり税率は変わらないので,弁護士法人を設立すれば節税になるという効果はない。

もっとも,法人の場合は,当期の損失を翌期に繰り越せること(最大7年間繰り越せる)ことは,赤字体質の企業にとってはメリットといえばメリットといえなくもない。もっとも,個人事業主でも青色申告の場合,損失は3年間繰り越しすることができるうえ,弁護士法人が多額の損失を計上するということは想定することが難しいといえる。

したがって,税務関係からは価値中立的になるが,一般的に法人成りは節税効果を当然に念頭に置いているので特段の効果がないというのはマイナスの印象を拭えない面があると考えられる。

補足するに,弁護士法人化は必然的に収支共同を意味することになるので,当事務所のような大規模事務所の場合,おのずと法人と個人の資金は明確に区別されることとなる。したがって,法人の資金と個人の資金を混在させた発想において,トータルで,何パーセント節税になるというような次元で議論をすることはもともと困難ではないかと思われる。所得税・住民税・事業税であわせて55パーセント程度の税金が、法人税なら46パーセントで済むなどというのは、個人と法人の資金を峻別するというコンセプトに矛盾するものと考えられる。

なお,弁護士法人とすると,弁護士会費として弁護士法人分と個人分を負担しないといけないという負担が生じる。

第4 結びに代えて-若干のまとめ

1 以上のように考えてくると,外部的環境としては各弁護士の専門性は失われていくという方向に現象は作用することになる。したがって,専門を蓄積するということは反現象作用的な行動ということになる。

そうすると,現象に委ねるままということになると,(必ずしも誤りとはいえないが)あらゆる事件種を平均的能力で処理する弁護士の集団になり,一部啓発的な弁護士が自らリスクをとり,ある分野で専門分野を身につけることを偶々期待するというシステムとなる可能性がある。

それが良いか悪いかは価値中立的であるが,いわゆるパレードの法則(売上の8割は,2割の者が作っているという法則)が妥当するほどになると,公平感が失われて,執務あるいは売上を立てるのに熱心な弁護士ほど,事務所からの離反を招いてしまっては本末転倒である。

2 他方,弁護士法人ということになると,共同化・専門化・結合化が進みやすくなり,外部環境に対して対抗しやすくなるとはいえる。しかし,経済的結合のスキーム次第では,フリーライダーを生むことになる懸念も生じる(そういう意味では,助け合いとフリーライドのバランスをどう取るかは課題である。)。

以上のとおりで,個々人のリスクに任せて専門化を促すか,リスクを相互補完しつつ専門化を促すかという観点は必要である。

私見としては,東京都の場合,あらゆる法的需要が存在することから,専門性に特化している法律事務所が珍しくなくなっている。しかし,これらは弁護士法人化していないものも多い。ある意味では,人口(法人も含む。)が多い首都圏であるからこそ専門化が達成することができていると解することも可能であって,「弁護士法人化=専門性の深化」と結ぶのは短絡的に思われる。

大手法律事務所も弁護士法人とはなっていないが,その理由として現状のパートナーシップ契約(組合契約)による結合で特段の不都合がないほどにシステムのブラッシュアップがなされており,むしろ社会保険料の大幅負担が大きな障碍になっていると推測される。

私見は,他の事務所との比較優位の問題として弁護士法人としなければ専門性が深まらないと判断されるときは,弁護士法人に移行するのが妥当と思われるが,現在,その時期に至っているとまでは判断することができない。

3 一応の結論

以上のとおりであって,本稿は,事務所を全体として弁護士法人とすることには,消極の立場を採用することとしたい。

「法人化PT・中間報告」は,意思決定システム上の問題を骨子に据えるが,これを論拠とすることができないことは既に述べたとおりである。

むしろ大型の法律事務所で弁護士法人化していない法律事務所の組合契約(パートナーシップ契約)がどのようなものになっているかを研究し,効率的な運営に努めるのが方向性として妥当のように思われる。

残る問題としては,部分的な弁護士法人を許容するか否かである。

この点に関する詳細な検討は,加藤洪太郎弁護士の論考に委ねることにしたいが,本稿は弁護士法人の当否について総合的な考察を加えることを目的とするのでこの論点について若干の検討をすることとしたい。

既に本稿は,従来,専門化は,ある「ブティック型」の弁護士が特定の勤務弁護士を雇い入れて,ノウハウを教示するとともに,特定の専門性のある事件を集中的に処理させることにより,経験を蓄積させることにより,事実上達成されてきた例が多いと指摘した。

これを裏付けるように,弁護士法人も「大きいから弁護士法人」という実態は全くみられない。むしろ,全体の7割である250法人が4名以下の所属弁護士しかいない(社員ではない。所属弁護士である。)。

そうすると,比較的小規模のグループの人的・経済的結合のあり方として,弁護士法人という制度が適合的なのではないかと推測される。

弁護士法人に限った話ではないが,Aボス-a勤務弁,Bボス-b勤務弁という系列が構成されているケースは比較的多く聴かれる。たしかに,ボス間で喧嘩が生じた場合に組織自体が分裂する可能性はあり得る。現実に既に13弁護士法人が解散しており,その原因は仲間割れがあるのではないかと思われる。

とはいうものの,もともと株式会社と異なり組合契約は緩やかな結合が本来の趣旨であり,こうした問題は現在でも大なり小なり存在するものである。したがって,この点をいちいち理由に挙げて部分的弁護士法人化を行いたい希望まで否定することはないと考えられる。例えば,今後当事務所から弁護士会の副会長が出た場合に,この機会に東京に基盤を作りたいと東京の事務所を持つことを希望するかもしれない。

参考までに京都の「つくし法律事務所」が部分的弁護士法人を行っている。当事務所のような経済的結合のあり方から,「事務所は私が所有する形を取り,賃料やイソ弁さんの年俸も私が支払っています。一方パートナーは,事務所から独立した形を取り,これらが仕事を依頼したら報酬の何割かをもらいます。逆にパートナーが受けた仕事については一定割合を納めてもらいます」(鳥飼重和弁護士の著書から引用)に近い運営にシフトさせた試みと評価できる。

4 もともと「つくし法律事務所」は,竹下弁護士の個人事務所であった。平成23年12月1日に,竹下弁護士を代表社員とする「弁護士法人つくし総合法律事務所」が設立され8人が法人に所属し,「弁護士法人つくし総合法律事務所」と「つくし法律事務所」が,民法上の組合として「つくし法律事務所」を構成しているようである。

「つくし法律事務所」のみに所属している弁護士は,舟木浩弁護士,佐野就平弁護士,本田里美弁護士の3人である。舟木弁護士は登録10年目,佐野弁護士は登録8年の弁護士である,本田弁護士は登録3年といったところである。誤解を恐れずいえば「つくし法律事務所」は,弁護士法人代表社員の竹内弁護士,所属しない舟木弁護士,佐野弁護士を中心とする事務所である。その後に所属するに至った弁護士は,いずれも60期以降の若手弁護士のようである。

竹下弁護士は,現在,京都弁護士会の副会長をしており東京での執務が多くなったことから,それを一つの機会ととらえて東京での基盤が欲しかったが二重事務所禁止の制約があったことが要因として大きいようである。このような「東京進出型」は大阪の弁護士法人に比較的多くみられる。もっとも,「つくし法律事務所」の東京の常駐弁護士はひとりであり,大規模な東京進出とはいえないと考えられるし,事実上脱法があるのではないかと疑われるところもないではないところであると思料される(竹下弁護士は京都弁護士会副会長であるから,東京三会の会員になるということはあり得ず,常住とされている若手の弁護士が本当に常駐している実態があるのかは不明である。)。

舟木・佐野両弁護士はいずれも登録年数が10年程度あり独自の基盤を有していたことから経済的結合の面で折り合うことが難しかったこと,若手弁護士の採用という面では弁護士法人により専門性を蓄積するという道を選んだことが主な理由ではないかと推測される。

登録3年の本田弁護士が法人に所属していないが,司法書士経験者であること,地元で教師をしていて独自の営業基盤があること,大学講師などをしており個人としての働きやすさを重視して,法人に所属しなかったものと考えられる。

5 全くの個人的見解であるが比較的同質性の高いメンバーで弁護士法人を構成し,個性ないし独自性が強かったり独自の営業基盤が確立されていたりする者は弁護士法人のメンバーからは外れている印象はある。

部分的弁護士法人化は,結局のところ,イソ弁を雇い入れることが必然的に伴う可能性がある。例えば,ある弁護士が常滑に弁護士法人の支店を設置したいと考えると,丸の内にその弁護士法人の常駐弁護士を置く必要が出てくるが,その弁護士は雇用するか収支共同とする必要が出てくる。

しかし,ひとりが支店を出したいという求めがあるからといって何の利害関係のない弁護士が丸の内事務所における常駐弁護士を引き受けるかというと,全く可能性がないとはいえないと思われるが,リターンとリターンの均衡という観点から考えると疑問も残る。

突き詰めると勤務弁護士を雇い入れることができるか否かという議論も,部分的法人化に際しては避けては通れない問題と考えられる。

部分的弁護士法人化は,別法人と各弁護士間のアライアンスという性格としてとらえる必要があると考えられる。

以上

ページの先頭へ
menu